「暇があったら、デッサンがしたい」

佐々木 通恵

 

義兄である松岡は、物静かな紳士でした。芸術家でありながら気難しいところはなく、お会いした方は誰でも「とても感じのいい方」という印象をもつのではないでしょうか。人から頼まれると“いや”ということが言えない人です。若いころは太っていましたが、晩年は胃潰瘍で胃を切除しとこともあってずいぶんやせてしまいました。ワインが好きで好物のカラスミを肴に飲んでいた姿を思い出します。

 

「デッサンの松岡」といわれ、戦前の旧制中学校や女学校の美術の教科書に、松岡の描いた写実的な細密描写の素描が掲載されました。確かに義兄は「みんなは暇があるとマージャンなどをするけれど、僕はそういうものを一切しない。暇があったらデッサンをしたい」ということを言っていました。日本の現存する漆絵で、最も古いといわれている法隆寺の玉虫(たまむしの)厨子(ずし)のように、何百年たっても多くの人々に見ていただける漆絵を目指していたのだと思います。

 

漆絵の材料にしても、義兄の活躍していた時代とは大きく異なります。彩(いろ)漆(うるし)の色を出すために相当の努力と研究を重ねていましたから、現在生きていたら、もっともっと楽しんで描いていたのではないかと思います。依頼されて船室壁画を描いたり、奈良庁舎のロビーに描くなど(詳しくは略歴に掲載)していましたが、義兄は作品を売ることはせずに何点かを寄贈をし、多くは手元に置いていました。作品が散逸することを嫌っていましたので、このようにホームページで彩漆画を知っていただくことは、兄にとっても本望だと思います。やがて皆様に、オリジナルの作品を見ていただく機会があることを願ってやみません。